インタビュー

「5Gは大成功ではない、6Gは……」“LTEの父” 尾上誠蔵氏、IEEE賞受賞会見で通信規格の法則語る

 国連傘下の組織で、通信分野の団体である国際電気通信連合(ITU)で、電気通信標準化局長を務める尾上誠蔵氏が25日、都内で記者会見に臨んだ。IEEEで表彰されたメダルの授賞式を踏まえたもの。“LTEの父”とも呼ばれた同氏が、これまでと今後のモバイル通信について語った。

尾上誠蔵氏。1982年に日本電信電話公社に入社。2012年 株式会社NTTドコモ取締役 常務執行役員 CTO(Chief Technology Officer)、2017年 ドコモ・テクノロジ株式会社代表取締役社長、2021年 日本電信電話株式会社 CSSOを歴任。2023年より国際電気通信連合(ITU)電気通信標準化局長、現在に至る。2014年 文部科学省科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(開発部門)、2018年 紫綬褒章を受賞。

 今回、尾上氏が受賞したのは、IEEE Jagadish Chandra Bose Medal in Wireless Communicationsというもの。米国に拠点を置く学術・標準化団体であるIEEEが新設したメダルで、賞の名は、19世紀半ば~20世紀前半に生きたインドの物理学者で、ミリ波研究の先駆者とされるJagadish Chandra Bose(ジャガディッシュ・チャンドラ・ボース)氏に由来し、無線通信に貢献した人物へ贈られる。IEEEの賞としては、最高位のものに次ぐランクになるという。

 2023年11月に新設され、尾上氏が初めての受賞者となった。携帯電話の3G(第3世代通信方式)および4G(第4世代通信方式、LTEとも)の研究開発・国際標準化を世界的にリードし、普及に貢献したことから受賞に至った。

――3Gと4Gの研究開発と標準化への貢献で今回の受賞となりました。当時の出来事をあらためて教えてください。

尾上氏
 3Gは、バラバラだった通信規格が、世界的な統一・標準を目指す途上の、最も重要な時期の仕組みでした。実際、すごく揉めたのが3Gです。

 世界標準を目指したため、各プレイヤーが一番衝突したわけです。当時は、「3Gで世界標準なんて未来は実現できないんじゃないか」と思ったことがあるほどです。

 私がまとめたわけじゃないんですが、別の力学で動くこともあるなかで、非常に重要な役割を、私自身が果たせたのではないかと思っています。そこは印象に残るところです。

(※注:1Gはアナログで地域ごとに規格が異なった。2Gはデジタル化したものの、たとえば日本はPDC方式、世界の多くの地域でGSMとなった。3Gは統一の動きがあったものの、W-CDMAとCDMA2000などが並立した)

――ITUで現在取り組んでいることでの課題などをお聞かせください。

尾上氏
 課題はいっぱいあります。ITUにとっての大きなミッションは、まだモバイルでネットに繋がっていない人たちを繋げよう、というものです。

 世界の人口のうち、1/3はオフラインです。皆さん、もうスマホをお持ちで、誰でもネットできるだろうと感じているでしょう。でも、世界中にはまだまだ繋がってない地域が多い。それをいかに解決するかが大きな目標です。

 私の立場から言うと、標準化がどう貢献できるかということであり、大きく貢献できると思っています。

 30年前に比べれば、ネットに繋がるためのコストは大幅に安くなっています。標準化によってマーケットが大きくなってコストが下がる。つまり、同じ規格でモノを作って、規模の経済によってさらにコストが下がる。こういう好循環を作る力が標準化ではないかと信じています。

 で、ご質問としては、もう少し短期的な視点での課題という意味もあるでしょう。

 たとえば、今回の授賞式の会場で、「IEEEはうまくいってるだろうか」といった話になったんです。私は今、ITUに属していますけども、IEEEの会員でもあります。IEEEは標準化もしますが、学術団体です。

 ITUも標準化に取り組んでいますが、それぞれの役割のなかで、互いに連携して協力し合っている。だから私は「うまく回ってる」と答えました。10年前、20年前は結構ケンカしていたわけですから。

――4Gで通信規格は統一化されました。一方で、やがて来る6Gでは、米中対立などもあって、地域ごとに規格が分裂するのでは、という懸念の声もあります。

尾上氏
 確かにそういう話や質問は聞きます。

 地政学・政治的な話は、標準化の世界では避けて、しっかりした標準を作らないといけないという点は、ひとつの想いです。

 誰でも参加できるオープンな議論の場をちゃんと整えると、対立している国でも議論できる。そういうことを努力してやっていかねばならない。

 そうした話がある一方で、私自身は、これからの通信規格が分裂するのは難しいと思っています。もう、すでにグローバルな市場が成立していますから。

 オペレーターの立場では、これまでの設備投資が多額で活かしていかねばいけません。むしろ次には投資したくない、なんて話もある。……この話は、ちょっとまた別の機会にしましょう。まぁ、そういう話を聞くぐらいですから、現在の大きなマーケットがあるなかで、新たに別の方式を作って対抗しても、ビジネスとして成立する確率は非常に小さいのではないか、と思います。

――5Gの現状への受け止めは?

尾上氏
 私がいつの頃だったか、言い始めた「法則」があるんです。その“第2法則”が「携帯電話の通信規格は偶数世代のみ大成功する」というもの。大成功であって、「奇数世代は失敗」ではないです。

 「どんなビッグデータから得た法則なんだ」と問われたこともありましたが、いやいや、サンプルは4つだけ(携帯電話の1G、2G、3G、4G)。

 で、質問の「5G」は奇数です。私の法則だと「大成功はしない」ことになるけども、数年前、5Gが導入される前に「それを乗り越える方法がある」と語ったこともあります。業界を超えた協力によって、落ち込むところを持ち上げることができるんだと。

 しかし、幸か不幸か、法則は当たっていますね。5Gは失敗ではないですよ、大成功ではない、ということです。普通の成功にはなっているけど、大成功に至っていないという。

 そうなると6Gは大成功しないといけないんですが……これはちょっと危ないなと数日前に思い始めました。

――その法則はなぜ成り立つんでしょう。

尾上氏
 一般的に通信規格は10年で入れ替わると言われてきました。

 長く思える期間ですが、実際は短すぎるのではないかと思えます。10年ではなく20年かかっているのではないかと。

――では6Gは成功するのでしょうか。

尾上氏
 先日、「なぜ通信規格は世代交代するのか」と問われました。で、ちょっと考えました。

 4Gまでは、新しい無線通信技術が出てきていました。最初の1Gはアナログでしたけども(デジタル化した)第2世代でTDMA、3GでW-CDMA、4GではOFDMAです。

 では、5Gはどうか。たとえばMassive-MIMOの場合、MIMO自体はかねてより存在していました。その数を増やすわけですから、いわば力技。もちろん力技を実現させるにも高度な技術が必要です。とはいえ、やっぱり力技。

 LTEでは、ベースバンドの処理、ソフトウェアの処理を変えるだけ、つまり同じ周波数幅で信号の中身を入れ替えるだけで収容効率が3倍になったんです。同じアンテナを使ったものでも3倍です。これ、オペレーターから見ると、すごく効率が良い。

 これ以上の効率を求めて力技となれば、その分、投資が必要です。そういう難点があります。今後、画期的な技術が出てくるかと言えば難しい。(6Gも)力技で解決するしかない感じです。

 4Gまで、10年ごとの世代交代で成功体験があった。これで5G、6Gも同じように進むと考えたところがあるんじゃないか。で、結果的に、その時期に存在する技術が5Gと呼ばれているのではないか――ITUとしては勧告を出して将来像を描いています。これは良いことです。

 ただ、マーケティングやブランディングもある。期待が煽られて「大成功じゃない」と言われているところがある、それが5Gではないか。

 6Gは大丈夫と言うためには、たぶん、期待値を下げたほうがいいのではないか……あくまで個人の見解ですが。

――5Gには、LTEの設備を用いるNSA(ノンスタンドアローン)と5G設備だけのSA(スタンドアローン)があります。5Gで収益化できていないといった話で、遅れているというイメージがあり、6Gにも影響しそうな印象もあります。

尾上氏
 SA、NSAも重要なキーワードですね。

 私はNSAも立派な5Gだと思っています。既存設備を活用していくというシナリオを5Gに加えたわけです。

 「なんちゃって5G」と呼ばれる周波数の使い方もそうですが、「SAでようやく本物の5G」というイメージを作ってしまった。それが浸透した。「SAの展開が遅い、大問題だ」と世界中で言われていますが、それが大問題だと思います。

 しっかりマイグレーション(4Gから5Gへの移行)のステップを踏んでいっているんです。SAになって何ができるのか、と言えば「スライシング」と言われがちです。でも、スライシングできなければ5Gでマネタイズできないというのもおかしい。

 「遅れ」は期待に対してのものです。じっくりとノンスタンドアローン(NSA)からスタンドアローン(SA)に移行し、その先のステップに向かえればいい。

 特にコアネットワークでは、5Gでは「5G Core」で、サービスベースドアーキテクチャーと技術が変わりました。メリットは、将来の拡張性が優れていること。導入直後は何も変化がない。そういうことで、期待ばかり煽ってしまった。「5G Core」という名前が大失敗だなと思います。6Gになったら「6G Core」と名乗るのでしょうか。

――ではミリ波はどう見たらいいでしょうか。

尾上氏
 「ミリ波になったら本物の5G」という感じですよね。でも、ミリ波だけだと広くカバーできません。手段のひとつであって、5G=ミリ波ではないと思います。

 しっかりと、ミリ波を活用しないと拡大する需要(トラフィック)には大容量が必要です。そのためにミリ波は非常に良い。カバレッジを得るためにやっぱり低い周波数をしっかりと組み合わせて使うというのが基本ではないかと。

――LTEの父とも呼ばれていますが、ではLTEの成功要因はどこにあったんでしょうか。

尾上氏
 あらためて考えると難しいですね。たとえばドコモは「これは4Gではなく、3Gのロングタームエボリューション」と多くを巻き込んでいったわけです。

 で、技術が良かったんだと思います。同じ周波数、同じアンテナでもベースバンドの処理信号を変更するだけで周波数利用効率が3倍になった。ドコモ時代、3G向けで使っていた2GHz帯を徐々にLTEに切り替えました。苦しかったですが、LTEが普及すると3倍の容量になった。こういう技術の素晴らしさが(成功の)一番かと思います。

――標準化の取り組みのなかで、日本の存在感は?

尾上氏
 私が今、課題意識を持ってるのは、やはり偏り(一定の国からの参加が偏る)が発生すること。でも来るなとは言えません。途上国からも比較的、多く参加しています。

 日本はそこそこという感じですね。NTTグループや他の通信事業者さんもちゃんと参加されている。ただ、他はもっと多く参加する。

 標準化が将来にどれだけ重要で、どれだけ投資するのか。もっと日本は投資していいのではと思います。3Gのころも、欧州の企業は、日本と比べて桁違いの人員を投入していました。ビジネス戦略としてどうするか、しっかり考えていただければと思います。

――それで言えば、IOWNの標準化についてはいかがですか。

尾上氏
 私自身は、技術が提案され、必要な標準化であれば、しっかりと助けていく役割です。

 IOWN構想というよりもオール光ネットワークという概念での標準化に向けた技術の提案があればITUで進めていく。すでにCxO会議という場で議論されています。今後も提案があるたび、構想の実現に向けて標準化が進むと思います。

IEEE Jagadish Chandra Bose Medal in Wireless Communicationsのメダルをかける尾上氏